教師のバトンで愚痴っている人は結構多いかと思います。
かなりストレス発散になったり、仲間を見つけられたりしますね。
とはいえ、
- このままずっと、グチを言っていていいのだろうか
- 何か変わることはあるのだろうか。
上記のように考えている人も、割と多くいることだと思います。
そこでこの記事では、元教員の立場から教師のバトンでグチを言い続けるデメリットについて解説をしていきたいと思います。
3分程度で簡単に読める内容となっていますので、ぜひ見てみてください。
教師のバトンでグチる人はやばいです

タイトルの通りです。教員の仕事は大変ですから、たまにグチを言いたくなったり、仕事の悪口を仲間と共有したくなることはあるでしょう。
僕もやっていた経験がありますから、その気持ちはよく分かります。
ただ、思考停止で今の現状に文句ばっかり言うのは良くないです。確実に成長しません。というか、どんどん自分が落ちぶれていくかと感じます。
いろんな事情がありますから、すぐに行動することは難しいかもしれません。そんな人もグチを言うことはあるでしょう。
ただ、数年後に辞めようとか、転職しようとか、腹をくくって文句を言わずに続けようなど、しっかりと決断をしなければいけないです。
ただ、文句を言い続けているだけの他責思考では、一向に成長しませんよ。
教師のバトンでグチり続けるとどうなるか

では、教師のバトンでグチを言い続けるとどうなってしまうのでしょうか。
おそらく、少しずつ性格が変化してくるのではないかと感じています。
具体的なものについて、以下で書いていきたいと思います。
他責思考になる
まずは、上記でも挙げたように「他責思考」になるということですね。他責思考はよくないです。まったく成長しません。
たとえば、「授業がうまくいかなかった」時に原因はいろいろと考えられます。「自分の指導力不足・子どもが悪かった・親が悪かった・国が悪かった」などがあるでしょう。
もちろん、労働環境なども良くないですから、授業がうまくできないのはあるでしょう。僕自身も現場にいたので良く分かります。
ただ、「教師のバトン」では、自分の実力を棚に上げて周りばかりを責めている人がすごく多いように思います。こういった状態では、いつまで経っても授業が上手くはならないでしょう。
ある程度、他のせいにしても良いかもしれませんが、最終的には自分に原因があったと思わなければいけません。
イライラが増える
たぶん、教師のバトンに参加していると、イライラすることが増えるんじゃないかと思います。
一時的にはいろいろと話してスッキリするかもしれませんが、長期的にみるとイライラは増えます。
普段は気にもしないことであっても、教師のバトンを見ることで「あれもダメ・これもダメ」と気づいてしまうからです。
イライラが増えることはメリットがありません。子供にも影響してしまいますし、保護者にもその気持ちは伝わるでしょう。
職員同士の人間関係も悪くなるかもしれませんね。
冷静な気持ちで仕事をしていくためにも、教師のバトンに参加しすぎるのはやばいと感じます。
教員の良い面が見えない
教員の良い部分が見えなくなるのも問題です。
たしかに、今の教員の仕事は問題が山積みですから、いい部分を探す方が難しいかもしれません。
ただ、教員をしていて良い部分もあります。
「子どもがかわいい・給料が安定・成長に関われる」などは教育ならではのメリットともいえます。
僕も教員時代は「子どもがかわいいから頑張れるよね」などと仲間と話していました。そうすることで、少し辛かったとしても頑張れた記憶があります。
教師のバトンを見ると、こういった教員の仕事の良い部分をスルーしてしまう可能性があると考えられるのです。
自分が働く上でデメリットになるので、参加は控えた方が良いとも感じます。
先輩の言葉がストレスになる
たぶん学校で、先輩からいろんなことを指導されるケースもあると思います。
そういった時には違和感に気づかずに、「その学校のやり方なのね」と染まってしまった方が良い時があります。
たとえば、「掲示物はまっすぐに貼る」と先輩に指導されたとします。この場合、言われた後輩は掲示物をまっすぐに貼るよう頑張るでしょう。そういうルールなのだと感じます。
ただ、例えば教師のバトンで「掲示物なんて、見えればOK」といった声がたくさん挙がっていたとしましょう。
そうすると、学校の違和感に気づいてしまいます。
気づいたとしても、今まで通り、掲示物はまっすぐ貼らないといけないわけですから、非常に大きなストレスになります。
おかしいと分かっていて続けるのは、かなりしんどいわけです。
そういった意味でも、教師のバトンで余計な情報は入れない方がいいと考えます。
無意味なことを続けてしまう
教員が1番意識しておくべきなのは、先輩のやり方です。
その学校によってカラーは違いますし、先輩の考え方も違います。そんな中で柔軟に合わせていくことが、教員としてやっていく上では楽です。
私も実体験的に感じています。とりあえず合わせておけばOKです。
ただ、教師のバトンだと「初任者はこうするべき!」「教員はこうあるべき!」という意見があります。もちろん、そういった一面もありますし、情報発信すること自体も良いでしょう。
ただ、学校によってやり方は大きく違っています。
Twitter上の情報を鵜呑みにして、ただその仕事をすると、無意味なことを続けてしまう可能性もあるわけです。
学校のやり方に合わせるためにも、教師のバトンは見ない方が良いかもしれません。
退職を考える

教師のバトンに参加している人は、おそらく教員の仕事が辛い人なんじゃないかと思います。
そういう人は、どうすれば良いのでしょうか。
おすすめなのは早めに退職してしまうことです。これ以外に、解決策はないかと思います。
もし、#教師のバトンでつぶやいた後に、誰かが何かしらの対応をしてくれるなら別です。それによって職場が改善されるなら別です。
ただ、状況が一向に変わらない以上は、自分が動くしかありません。上記でも挙げたように呟き続けても自分が損するだけかと思います。
すぐに辞めることは難しいかと思いますので、せめて半年〜1年分くらいの生活費があると、だいぶ行動しやすくなります。転職先が見つかってから辞めてもいいかもしれませんね。
また、管理職に言いにくい人は、退職代行を使ってもいいかと思います。教員でも使っている人はいるみたいですね。

なので、とにかく逃げるのを最優先にするのがベストかと感じています。
まとめ
教師のバトンで呟き続けるのは、デメリットも大きいかと思います。
早めに行動していくのがいいですね。
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